【ホッブズに学ぶ】いつも不安で仕方ない?それはきっと人間がそういう生き物だから
 この記事は近々リライト予定です。それまでは、文字だらけの少々味気ない記事のままですが、良ければぜひご覧になってください。

古代ギリシアの哲学者エピクロスは言いました。

(わら)の寝床の上に寝ていても平然としていられる方が、黄金づくりの寝台と贅沢な食卓をもちながら平静を乱されているよりも良いことだ。

不安の種が少ないということは奢侈(しゃし)な生活に勝る幸福である、ということですね。

大抵の人間は、生活に困窮しない程度の蓄えと収入があれば、お金の悩みからは解放されるものです。しかし、私たちの不安を煽るのはお金だけではありません。

仕事、学業、家庭、恋愛、将来、健康。それらが分かち難く結びつき、私たちの心に一塊の不安となって去来するのです。

そんな不安、言い知れぬ恐怖を「人間の最も根源的な感情」だと言った人物がいました。17世紀イングランドの政治哲学者トマス・ホッブズ(Thomas Hobbes)です。ホップスじゃないよ!

1588年、スペインの無敵艦隊が襲来するという噂に怯えた母によって、予定日よりも早く産み落とされたホッブズは、自らを「恐怖とともに生まれた」と称しています。

今回はそんなホッブズの恐怖に対する哲学と、「社会契約説」という理論をご紹介しようと思います。

トマス・ホッブズ曰く

万人の万人に対する闘争

ホッブズの人間観は冷徹でした。彼によれば、法の存在しない状態(自然状態)では、誰もが平等に幸福となる機会を有しているのですが、個人に決定的な能力差がないために、互いを欺いて財産を奪い合うことになる、と言うのです。これは、人間は生来飽くまで利己的な生き物である、という考えに基づいています。

ホッブズはこの状態を「万人の万人に対する闘争」という言葉で端的に表現しました。また、「人間は互いに狼である」という文句でも知られています。それが人間本来の姿であり、それゆえに他者の欺瞞や暴力から自己を守るため、最も根源的な感情として恐怖があるのだと言います。

不安は「漠然とした恐怖」と言い換えることができるでしょう。誰に陥れられるかも分からず、寝首を掻かれるのではないかと夜ごと怯えている。そんな不安と人間の「生」とが不可分の関係であるとすれば、不安を完全に拭い去る術など存在し得ないのかも知れません。

『リヴァイアサン』

ホッブズの名は彼の著書『リヴァイアサン』と揃いでよく知られています。

次に紹介する「社会契約説」について記された本書は、ピューリタン(清教徒)革命の最中、議会派により王政支持の疑いを掛けられ国を追われたホッブズが、亡命先のフランスにて書き上げた政治哲学書です。刊行されたのは彼が祖国へと帰ることになった1651年でした。

革命当時の経験がホッブズの哲学に大きな影響を与えたのは火を見るより明らかです。「万人の万人に対する闘争」という言葉は、彼の目の前で繰り広げられた争いに向けられたものだったのではないか、そう考えることもできます。

ホッブズの「社会契約説」

ホッブズによれば、「万人の万人に対する闘争」が維持される限り、恐怖から逃れる術は死ぬこと以外にありません。これは理不尽極まることです。そのため、やがて人々の内で理性的な打算がなされると言います。

自分たちよりも上位の「主権者」に自分たちの持つあらゆる権利を委ねることによって闘争状態を脱する、というものです。

これを「社会契約説」と言います。その主権者が一人の王である場合もありますが、人々によって構成される「合議体」である場合もあります。ホッブズは「国家」という性質をもった合議体を「リヴァイアサン」と名付けました。旧約聖書の『ヨブ記』に登場する巨大な怪物の名です。

そんなホッブズの社会契約説ですが、あらゆる学説の例に漏れず多くの批判がなされています。20世紀ドイツの政治哲学者カール・シュミットは、ホッブズの社会契約説におけるリヴァイアサンは個人間の争いを治めることはできてもそれ同士の争いに決着をつけることはできない、と指摘しています。

P.S.ジョン・ロックジャン=ジャック・ルソーもホッブズの社会契約説を批判・発展させた人物として有名です。

「臆病」は武器である

Only the Paranoid Survive.(病的なまでの心配性だけが生き残る)

世界的大企業、米インテルの創業者の一人アンドルー・グローヴの言葉です。これは数多の半導体メーカーがしのぎを削るシリコンバレーを生き抜いた彼の経営哲学でもありました。

彼だけではありません。多くの経営者、投資家が「臆病であることが成功の秘訣だ」という言葉を残しています。彼らの見てきた世界はまさに「万人の万人に対する闘争」の様相を呈していたのではないでしょうか。

臆病さはその必要性を理解しない限り、判断力を制限する足枷でしかありません。しかし、そこに秘められた「最悪の事態を想定する力」を自覚したときから、臆病さは理性の矛となるのです。

また、「恐れ」の反意語が「勇気」でなく「無謀」なのだとすれば、不安に苛まれるということは、慎重であるために不可欠な条件なのではないでしょうか。

最後に

最後までご覧いただきありがとうございます。ホッブズの哲学入門&オマケみたいな記事になりましたが、楽しんでいただけましたでしょうか。

私たちの社会は21世紀に入り、SNSその他情報メディアの発達によって「相互監視社会」を迎えています。成功者の粗を探し、弱者を蔑むことがいとも容易い時代です。

そのような時代に生きるからこそ、常に危機感をもって行動することが重要となるのです。ともすれば、現代の「万人の万人に対する闘争」で生き残るのは、不安という武器を備えた臆病者たちかも知れません。

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