
私は今、ノートパソコンを使ってこの記事を書いています。今年の頭に買ったお気に入りのアイテムです。なかなかにめんこい奴です。
タッチタイピングに慣れて久しい今となっては気に掛けることもなくなりましたが、ふと手元を見ると、タイピングに不慣れだったかつての私が抱いていたある疑問を思い出します。
「なんでキーの配列ってこんなに分かりにくいんだろう...」
現在、世界中に普及しているキーボードのキー配列は「QWERTY配列」というものです。今、パソコンからこの記事をご覧になっている方は手元を見てください。左手の指先あたりに「QWERTY」の文字が並んでいるのが分かると思います。しかし、よくよく考えてみれば意味不明なこの並び。キーボードはどうしてこんな並びなのでしょうか。
今回は、そんな「QWERTY配列」がどのようにして生まれたのか、その秘話と都市伝説をご紹介しようと思います。
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「QWERTY」の誕生秘話
ショールズによる発明
1866年、アメリカのミルウォーキーにとある編集者がいました。クリストファー・レイサム・ショールズという男です。彼は「本のページ番号を自動でふる機械」の発明に勤しんでいました。そんな彼の研究に興味をもったのが、発明家として知られたカルロス・グリデンです。
1867年7月、研究に参加したグリデンは「Scientific American誌」に「タイプライティング・マシン」という記事を見つけます。その記事に着想を得たショールズは翌年、アルファベットと数字を2列に配した「ピアノ型キーボード」を発明し、「タイプライティング・マシン」で初となる特許を申請しました。
1868年、出資者を探していたショールズの手紙に答え、ジェームズ・デンズモアが権利の25%を買い取りました。「ピアノ型キーボード」を初めて目にしたデンズモアは、紙詰まりしやすく行がずれがちなその機械に「これは役に立たない」という感想を残しましたが、研究の方向性を信じて支援を続けました。
1872年、キーボードを鍵盤型から円形キーを3列に配したものへと改良した「タイプライティング・マシン」ですが、当時はまだキーの配置が決まっていませんでした。しかし、その年の夏に3列式から4列式へと変更がなされ、そこに突如として「QWE.TY」の並びが表れます。残念ながら、何故このような並びを採用したのかは詳しく分かっていません。その後すぐに「.」は「R」と入れ替わる形で最下段に移されました。
レミントンによる製造
1873年、「QWERTY」の並びを持つキーボードを採用した「タイプライティング・マシン」の試作機が作られました。作ったのは銃火器製造に名高いレミントン社です。当時、レミントン社はミシンなどの家電製品にも手を広げていた上、複雑な機械を開発するための設備と技術を持っていました。そこで、ショールズたちから権利のほとんどを買い取ったデンズモアが、友人の助言を受け、レミントン社に製造依頼を持ちかけたのです。
1874年、ついに「ショールズ・アンド・グリデン・タイプライター」が発売されました。商業的成功を収めた初の「タイプライター」です。レミントン社が製造し、デンズモアと友人の会社が独占販売を行いました。そのキーボードには「QWERTY配列」が採用されていましたが、現在のそれとは僅かに異なっていました。
1878年、レミントン社は私たちが親しんでいるのと同じキー配列の「QWERTYキーボード」を発表しました。1882年にはそれを採用した「レミントン・スタンダード・タイプライターNo.2」が発売され、「QWERTY配列」は人々の生活に浸透していきました。
「QWERTY」の都市伝説
「QWERTY配列」の成立に関してはいくつか有名な説があるのですが、開発者によるハッキリとした記録が残されていないために、それらはどれも都市伝説の域を脱しません。しかし、その中でも注目すべき視点が含まれている以下の3つの説には、聞いた人に「そうかも知れない!」と思わせるだけの説得力があります。
- わざと使いにくい配置にしてタイプ速度を下げることで「機械の紙詰まり」を防ぐように設計した
- セールスマンが「TYPE WRITER QUOTE(タイプライターのお見積り)」という文字列を一段目のキーのみでタイプできるように設計した
- 「既存配列の特許」に触れないようにしていくうちにこうなってしまった
紙詰まり対策のため?
開発初期に設計者たちを悩ませた問題の一つが「機械の紙詰まり」でした。その対策が施されたとして何ら不思議ではありません。紙詰まりの要因として考えられた「タイプ速度」を遅くする方法が「使いにくいキー配置」だとしたら、それは理に適ったことのように思えます。
しかし、この説は熱心な研究者によって否定され、現在はあまり支持されていません。続けてタイプされる文字の配置が近いとタイプする人にやさしいためタイプ速度が上がりますが、「QWERTY配置」を見たところ英単語で最も多い並びの「T」と「H」が近い位置に、二番目に多い「E」と「R」は隣同士にあるからです。これは「紙詰まり対策」説と矛盾しますね。
さらに、1949年に行われたとある研究の統計解析によれば、「キーをランダムに配置したキーボード」と「QWERTYキーボード」では、後者の方が続けて入力する回数の多いキーが近くにある頻度が高いことがわかったそうです。
セールスのため?
「QWERTY配列」を採用したタイプライターを売るセールスマンが、顧客の前で素早くキーボードを叩く。するとそこには「TYPE WRITER QUOTE」の文字が!なんて、当時のセールスとしてこれほど効果的な手法は他になかったことでしょう。そのための設計が施されたとすれば、なんとも小意気な話です。
しかしやはりこの説も、証明するに足るものが何一つ見つかっていないために、都市伝説の一つとして数えられています。
ですが、「QWERTYキーボード」の一段目のみで入力できる数少ない英単語の一つに「TYPEWRITER」があるのを、偶然の一言で片付けてしまうことに疑問を抱く研究者は少なくないようです。
特許侵害を回避するため?
あまり馴染みのあるものではありませんが、「発明には特許が付きまとう」ということは広く知られていますね。キーボードにおけるキーの配置にも特許が絡んでいるので、既存のキーボードとの差別化を図っていくうちに「QWERTY」の並びができた、なんて説も強くは否定できません。
しかし、流石に「QWERTY配列」が考案された段階で特許が障害となったことはないようです。それでも特許が与えた影響は少なからずあるようで、「初期のQWERTY」から「現在と同じQWERTY」への些細な変更が施された理由がまさに「特許侵害を回避するためだったのでは?」と言われています。
最後に
最後までご覧いただきありがとうございます。「QWERTY」という不思議な言葉の物語でした。肝心なその並びに特別な理由が見つからないのは残念でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか。
今回のキーパーソンである「クリストファー・レイサム・ショールズ」という男は、かつて州議会議員や郵便局長などを務めた所謂お偉いさんでした。また、奴隷制廃止などを熱心に訴えた活動家でもあったそうです。
そんな彼が齢五十にして始めた研究の結実が、形を変えながらも今こうして私たちの手元にあるのですから、歴史には敬意を払わないといけませんね。