
「グルメ・ファンタジー」という異色ジャンルの中でも珍しく「調理」にスポットを当てていることで話題にもなった人気漫画『ダンジョン飯』。数々の漫画賞で1位を獲得しているので、漫画好きであればご存知の方も多いでしょう。
古典的な世界観を踏襲しながらも、モンスターの生態に合理的な解釈を加え、理に適った方法で「モンスターを調理」し、出来上がった料理を愛嬌満点のキャラクターたちがそれはもう美味しそうに食べる!というめちゃくちゃ面白い漫画です。笑
著者である「久井諒子」先生の初長編作品で、現在8巻まで刊行されています。
ん?初「長編」作品?と思いましたね?そうなんです!実は久井先生、これまで「短編漫画」を描いていらっしゃった方なんです!
ということで!今回は、久井先生の「短編集」それぞれに収められた「おすすめ作品」とその魅力をご紹介いたします!

1作目『竜の学校は山の上』
まずはこちら!久井先生の初作品集『竜の学校は山の上』です。ケンタウロスな主婦さんの愛らしさを前面に押し出した表紙デザインですが、ご安心ください。短編でもちゃんと可愛いので!笑
9編が収められた本作は、前半部では「ファンタジー」に「リアル」を、後半部では「リアル」に「ファンタジー」をプラスしたような作品たちが顔を並べています。これが初めての単行本作品だなんて……久井先生恐るべし。

乙女の恋の行く末は…?『代紺山の嫁探し』
ある貧相な山の麓に貧相な村がありました。貧しさに飽いた村の大人たちは、神様を村の若い男のお嫁さんに貰うことで、村を豊かにしようと企てます。選ばれたのは、身寄りのない権平という若者です。
やがて、権平たちは苦労の末に縁談を取り付けます。しかし、そんな彼を密かに想う村の娘おみつは気が気でありません。そして、結納の日。村へやって来た神様たちですが、どういうわけか大層ご立腹の様子――
おすすめ短編その1は、35ページという短さでありながら、見事な「異類婚姻譚」として完成された『代紺山の嫁探し』です。神話的なモチーフを物語の軸に、乙女の切ない恋心が巧みに描かれています。
「魔王」や「勇者」をテーマにした前半4編、「現代日本」を舞台にした後半4編に挟まれ、少々異彩を放つ作風となっていますが、それ以上に洗練されたストーリーが目を引く1編です。きっと忘れられない作品になるでしょう。

馬人はよく働きます。『現代神話』
猿人(ホモサピエンス)と馬人(ケンタウロス)が共存する現代日本。猿人みちおと馬人しーちゃんの夫婦は互いを尊重し合いながら幸せな毎日を送っています。ところが、ある法案を巡って世の猿人と馬人の間には険悪な雰囲気が漂っていました。
労働意欲の高い馬人ばかりの部署で働く猿人OLミキは、噂の「馬人労働規制法案」について同僚の馬人と口論になってしまいます。そして、オフィスを飛び出した彼女を後輩(?)の馬人タナベくんが追いかけるのですが――
おすすめ短編その2は、異種族が共存する社会の明暗をユーモラスに描いた『現代神話』です。表紙で赤いエプロンをしている馬人のしーちゃんが登場します!可愛い。物語のラストに大切なことを教えてくれるキャラクターです。
タナベくんを通して猿人のだらしなさは目にすれば、自らの習慣を顧みるきっかけになるかも知れません。本作品集の中でも特に社会風刺色の濃い1編ですが、同時にもっともユーモラスな1編でもあります。

現代社会に竜はいらない。『竜の学校は山の上』
宇ノ宮大学の新入生アズマは、日本で唯一の「竜学部」に入学したその日、「現在の日本に竜の需要はない」と断言する「竜研究会」のメンバーに出会います。彼らの活動指針は「現代日本においての竜の活用方法を見出すこと」でした。
「竜を使った日本一周」を目下の目標とする研究会ですが、ある日、部長のカノハシが口にした「人間にとっての利用価値」という観点に獣医学部のスガノが反駁します。それをきっかけに、アズマは「存在価値」について思い悩むようになり――
おすすめ短編その3は、現代に取り残された「竜」の需要を模索する学生たちの葛藤を通して、「存在価値」という概念にある一つの答えを提示した表題作『竜の学校は山の上』です。本作品集でもっともおすすめしたい1編です!
「竜」という生物がリアルかつドライに描かれていますが、その描写の端々から「竜への途方もない愛情」が感じられます。飛竜の飛行訓練の迫力は必見!登場人物も魅力的で、なにより、最後のカノハシ部長の言葉には誰もが胸を打たれることでしょう。

2作目『竜のかわいい七つの子』
続いてはこちら!2作目の短編集『竜のかわいい七つの子』です。これまた表紙が印象的ですね。収録作品数は久井先生の短編集ではもっとも少ない7編ですが、その代わりとばかりに傑作揃いとなっています。
久井先生の短編はどれもそうなのですが、本作に収められたものは特に「社会風刺とユーモアのバランス」が絶妙で、どの作品も読み返す度に新たな知見を与えてくれます。私の一番好きな短編集です。ぜひとも多くの方に読んでいただきたい…!

国境に竜の巣ができた。『竜の小塔』
いがみ合う海国と山国の国境には、道が一つだけ。ところが、そこに建つ小塔に竜が巣を作ってしまいました。それも、両国の戦端が開かれようとしたその日にです。竜の子が巣立つまでは戦争も交易もできません。やがて、両国は物資不足に悩まされます。
ある日、山国の少女ユルカは、兵隊長の父が捕らえている海国の青年サナンの話を耳にします。なんと、彼は竜の巣の真下を通って来たというのです。そんなサナンの目的を知ったユルカの父は、彼にある交換条件を提示します――
おすすめ短編その1は、人々を結びつける「生命の輝き」を描いた『竜の小塔』です。戦争の盲目さをさらりと表現しているあたりは、さすが久井先生といったところです。とにかく、サナンに対するユルカの対応の変化が微笑ましい。笑
竜の子が巣立つ場面では、人々の熱気が画面から溢れています。そして、最後のカットがこれまたロマンチック。「竜と人」は久井先生がよく描くモチーフですが、その中でも特に気に入っている1編です。

ガールミーツ…お魚!?『わたしのかみさま』
中学受験を控えた雪枝は模試の結果が振るいません。肩を落としながら家に帰ると、タイミング悪くお母さんに遭遇!勢い余って近所の山まで来てしまいます。仕方がないので、ベンチでお気に入りのお魚の図鑑を読むことに。
「もしもし、そこのお嬢さん」。突然の声に顔を上げると、目の前には大きなお魚が!驚いた雪枝ですが、「神」を名乗るお魚の話を聞いて「あること」を閃きます。そして、お魚を家に連れて帰るのですが――
おすすめ短編その2は、子供の豊かな想像力を「言い知れぬ不安」や「ファンシーな空想」で巧みに表現しつつ、それを包み込む「家族の愛」と「ファンタジーの温もり」を描いた『わたしのかみさま』です。表紙でお魚を小脇に抱えた女の子のお話ですね。
20ページにも満たない短い作品ですが、久井先生の短編で私が一番好きな作品でもあります。雪枝ちゃんが愛おしい!パパさん素敵!お魚うちにも来て!笑。全ての親子に心からおすすめしたい1編です。読み終わったら表紙裏の4コマも見てね!

親の愛、子の愛。『子がかわいいと竜は鳴く』
ある村に声が響いています。声の主はシュン王子。病床に伏せる父王のため「竜の鱗」を探しに来たのだといいます。聞けば、竜の住む山の道案内を探しているとか。しかし、それは危険な旅路です。村人たちは誰も引き受けようとしません。
その時、ヨウという女性が名乗りを上げました。村の世話になっていた流れ者です。ほどなく竜の巣を目指し始めた一行。道すがら、夫と子供を亡くしたというヨウの話を聞き、シュン王子は彼女に親しみを覚えるのですが――
おすすめ短編その3は、「親と子」それぞれの「献身的な愛」とその明暗を描いた『子がかわいいと竜は鳴く』です。悲劇的なストーリーをただの悲劇で終わらせないのが久井先生流ですね。寂しさと温もりのバランスがちょうど良い。
ともあれ、この作品最大の魅力は感情豊かなキャラクターです。特にヨウさん。浮世離れした雰囲気から覗くその人間的な表情には心惹かれるものがあります。最後の1コマに描かれた彼女の「未来」に想像が絶えない1編です。

3作目『ひきだしにテラリウム』
最後はこちら!3作目の短編集『ひきだしにテラリウム』です。「第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門」において優秀賞を受賞した作品ですね。多彩な絵柄を使い分ける久井先生の才能が存分に発揮された一冊となっています。
収録作品数はなんと33編!見開き1ページなんかの作品もあります。でもそれがまた面白い!笑。ショートショート漫画ここに極まれり、といったところでしょうか。表紙には全作品のキャラクターが大集合しています。ぜひ探してみてね。

未来の恋人候補は?『恋人カタログ』
限定的なタイムマシンが実現した社会。愛想のない社長令嬢との付き合いに辟易している会社員が、友人の勧めで「あるプロジェクト」に取り組むことに。それは「未来の恋人候補カタログ」を作るというものでした――
おすすめ短編その1は『恋人カタログ』です。
自らを省みるきっかけになる作品ですね。とりあえず、後半から社長令嬢の愛らしさが猛烈な勢いで追い上げてきます。音速の末脚フサイチコンコルドです(?)。人間の多面性、未来の広がりを感じさせてくれる1編です。

それは伝承となる。『かわいそうな動物園』
そこでは動物たちが飼育されていました。ある親子が檻を見てまわっていると、鳥が一羽見当たりません。飼育員によれば、先日誤って逃がしてしまったのだそうです。と、その時、ゾウの子供が生まれるという情報が入ります――
おすすめ短編その2は『かわいそうな動物園』です。
この作品を初めて見終わったときは「そういうことだったのか!」と思わず感心してしまいました。実はこのお話、「ある有名な物語」のオマージュなんです。最後の1コマでそれが発覚した瞬間の衝撃は忘れられません。お気に入りの1編です。

淘汰されるモノ。『遺恨を残す』
2人の研究員が「ペロペロ星」に向かう宇宙船の中で話しています。どうやら、ペロペロ星の空港は検閲が厳しいらしいのです。「ホッペケ教」という宗教を守るためなのだとか。まもなく、宇宙船がペロペロ星に到着します――
おすすめ短編その3は『遺恨を残す』です。
本作品集でもっともファンシーな1編ですが、もっとも哲学的な1編でもあります。在来種を淘汰する繁殖力の強い外来種。その善悪を決めるのは、一体誰なのでしょうね。あ、あとホッペケ教の手提げ袋が可愛いです。商品化してください!笑

本日も開廷!『代理裁判』
仕事帰りの女性が人混みに仕事仲間を見つけました。「おーい今から帰るのー?」と声を掛けてみますが…あれ?無視された!?一体どういうことでしょう…。開廷!ではこれより、先ほどの彼女の行動について審議を始めます――
おすすめ短編その4は『代理裁判』です。
多感な女性の脳内裁判を描いた作品です。日常にありふれた孤独な心理戦。めっちゃあるある(笑)。小さいことの積み重ねって大事なんですからねホント!なんて、ただただ主人公に共感してしまうお話です。

それはそれは本当に…『すごいお金持ち』
とあるリゾート地から臨む海の向こうには島が一つ。そこは「すごいお金持ちの家」なのだといいます。しかし、聞くところによれば、お金が有り余ってむしろ不便そうな暮らしぶり。なぜそんなにもお金持ちなのでしょうか――
おすすめ短編その5は『すごいお金持ち』です。
これぞまさしくショートショート!脱力系の画風と軽妙なツッコミ、そして完璧なオチには思わずクスっとしてしまいます。短い作品ですが、最後のページに励まされる人は多いかもしれません。ちょっとだけ「すごいお金持ち」の生活に憧れます。笑

アニマルランドはどこへ行く?『遠き理想郷』
小中学校交流会で披露するための紙芝居を作る中学生たち。テーマは「いじめ・迫害・差別ってな~に?」。そこで、「ねずみ人」と彼らを虐げる「うさぎ人」が生み出されます。しかし、そこから物語は予想だにしない発展を見せるのでした――
おすすめ短編その6は『遠き理想郷』です。
独創的な世界観で、人種差別や政治問題の根深さを描いた作品です。また、社会問題について「考える意義」と「考えることの無力さ」も巧みに表現されています。少々重いテーマですが、中学生たちの反応が面白いので上手く中和されています。笑

最後に:まだまだ紹介し足りない!
最後までご覧いただきありがとうございます。私の大好きな「久井諒子」先生のおすすめ短編紹介でした。
今回ご紹介したもの以外にも好きな作品が山ほどあります。1作目収録の『魔王城問題』、2作目収録の『金なし白禄』、3作目収録の『春陽』『秋月』なんかもおすすめですよ。とにかく、たくさんの人に読んでもらいたい!ただそれだけです。笑
私の稚拙な内容紹介で少しでも興味を持ってくださったのなら、実際に読んでみて後悔することはないはずです!ぜひ、ご購入を検討してみてください。きっと一生の宝になる素敵な作品集たちです。