【マザー・グース】イギリス伝承童謡の集成、その歴史と名前の由来を知ろう!
 この記事は近々リライト予定です。それまでは、文字だらけの少々味気ない記事のままですが、良ければぜひご覧になってください。

突然ですが、皆さんは「わらべ唄」をどれくらいご存知でしょうか。いわゆる「日本の童謡」です。恥ずかしながら、私は数えるほどしか知りません。「かごめかごめ」や「はないちもんめ」ですら全文を正しく知っている自信がありません。

そんな私を例にとって良いのか分かりませんが、私たち日本人が童謡とあまり親しくない一方で、イギリスとアメリカには誰しもが幼児期から親しむ、とある童謡集が存在しています。

その名は「マザー・グース」。ゲームや漫画、アニメなどが受容されて久しい現代日本において、よくよくファンタジー作品の題材とされるこの童謡集の名に聞き覚えのある方も多いのではないでしょうか。

しかし、存在を知ってはいても、その内容や歴史までを心得ている方は少ないはず

そこで今回は、そんな「マザー・グース」に親しむ第一歩として、イギリスの伝承童謡集の歴史や、名前の由来、日本におけるその受容史を見ていこうと思います。少々長くなりますが、どうぞお付き合いください。

「マザー・グース」って何?

「マザー・グース」またの名を「ナーサリー・ライム」とは何か。答えは簡単、ずばり「イギリス(一部アメリカ)の伝承童謡の総称」です。または、それらが収められた伝承童謡集のことを指します。

「マザー・グース」は、日本のわらべ唄と同じように、子供が遊びながら口ずさんだり、母が子をあやす際に歌って聞かせるような、非常に庶民的で調子の軽い作品が多い(というかほぼ全て)ことで知られています。

一方で、人間の内に秘められた怠惰や残虐性、おざなりで幼稚な好奇心を満足させるだけの暗い一面も併せ持っているのが特徴です。イギリスやアメリカの子供たちは就学以前から、そんな暗く陽気な「マザー・グース」の唄に触れることで、豊かな感性とたくましい倫理観、独特のユーモアを獲得するのです。

日本のわらべ唄が明治以降、学校教育の現場から悉く排斥され、現在ではその多くが知る人ぞ知るものとなっているのに対し、「マザー・グース」はシェイクスピアや聖書と並び、英米国民の共有知識となっています。そうして、その親しまれ方や、今なお文学・芸術作品に対して有する影響力などは、日本のわらべ唄とは比べようもないものとなっているのです。

「マザー・グース」の影響を受けた数ある文学作品のうち、最もよく知られているものはおそらく、19世紀イギリスの作家ルイス・キャロルの児童小説『不思議の国のアリス』でしょう。また、20世紀イギリスの推理作家アガサ・クリスティの長編推理小説『そして誰もいなくなった』なども、実に効果的に「マザー・グース」の唄を利用していることで有名です。

イギリス伝承童謡の歴史

さて、先に記した通り「マザー・グース」はイギリスの伝承童謡集のことを指します。ということは、「マザー・グース」について詳しく知ろうと思えば、イギリスにおける伝承童謡集成の歴史を振り返ることが有効な手だということです。そこで、その存在が確認されている重要な伝承童謡集を、古いものから順に見ていきましょう。

1744年『トミー・サムの可愛い唄の本』

実在が認められている最古のイギリスの伝承童謡集は、1744年ロンドンにて刊行された『トミー・サムの可愛い唄の本』です。「六ペンスの唄」や「ロンドン・ブリッジ」など、現在もよく親しまれている唄の全文が確認できる最も古い文献の一つです。

20世紀以降のどの伝承童謡集にもまず載っていないような、あまり品の良くない唄も収められているのが特徴の一つでしょうか。例:「おねしょ、おねしょのバーリー・バット お尻が重くて起きられない」

1765年『マザー・グースのメロディー』

その名に英語で「マザー・グース」を冠した最古の伝承童謡集は、1765年(頃と推測されている)にロンドンの出版屋ジョン・ニューベリーが編纂した『マザー・グースのメロディー』です。収められた童謡の数は52篇で、そのうち29篇はさらに古い文献にて存在が確認されていますが、残りの23篇はここが初出となります。

正式な題名は『マザー・グースのメロディー、あるいは、ゆりかごのためのソネット』で、その名の通り、第一部は「マザー・グース」を、第二部はシェイクスピアのソネット(詩)を集めたものとなっています。

ニューベリー編の童謡集の最たる特徴は、彼の友人にして著名な作家であった詩人オリヴァー・ゴールドスミスの注解でしょう。ナンセンスな童謡集に相応しいナンセンスな注釈を通して見える彼の童謡に対する姿勢から、当時のイギリス人がどのようにして伝承童謡に親しんできたのかを推し量るのはそう難いことではありません。

確かなことは分かりませんが、ここで初めて日の目を見ることになった23篇の童謡のうちのいくつかは、ゴールドスミスの創作ではないかと言われています。

1842年『イングランドの童謡』

おそらく、イギリスの伝承童謡を知る上で最も重要な文献は、1842年のジェームズ・オーチャード・ハリウェルによる集成『イングランドの童謡(ナーサリー・ライム)』です。そこに収録された童謡の数はなんと600篇にも及び、次いで1849年に出版された『イングランドの俗謡と童話』と共に、イングランド各地で伝承された童謡をほぼ網羅したものとなっています。

後に高名なシェイクスピア学者として知られるようになるハリウェルが、個人で(しかも20歳そこらという若さで)成し遂げたこの偉業は、20世紀半ばに至るまで、ほとんど唯一のイギリス伝承童謡の典拠となっていました。

ハリウェル編の童謡集の特徴は、その驚異的な収録作品数だけでなく、学問的な分類法にあります。整然とした分類とは言い難いところもあるのですが、彼の示した18項(初版では14項でした)の分類は、イギリスの伝承童謡がもつ多様な性質を捉える試みとして、ある程度の成功を見たようです。

1951年『オックスフォード版・伝承童謡辞典』

ハリウェル編の登場以来、停滞していたイギリス伝承童謡の研究史ですが、1951年、遂に決定版とも言える童謡集が発表されました。ピーター・オーピーアイオーナ・オーピーの夫妻による『オックスフォード版・伝承童謡辞典』です。

ここに収録された作品数は500篇あまりですが、続く1955年の『オックスフォード版・伝承童謡集』と1959年の『学童の伝承とことば』も合わせれば、800篇以上もの童謡を収集しています。

独自の分類法を提示したハリウェルに対し、オーピー夫妻は『伝承童謡辞典』において、辞典の名の通り機械的な区分を示しました。登場する人物や動物の名前から、童謡を淡々とアルファベット順に配列したのです。また、『伝承童謡集』では対象の年齢層ごとの区分も試みていますが、残念ながらこちらは失敗しています。

ともあれ、オーピー夫妻のこの超人的な仕事は現在でも他の追随を許さず、ハリウェル編と共に、イギリス伝承童謡の典拠として不動の地位を築いています。

「マザー・グース」の名前の由来

イギリスにおける伝承童謡集の歴史を振り返ってみると、18世紀半ばに突如として「マザー・グース」という言葉が登場したように見えます。その由来はどこにあるのでしょうか。事実の前に、かつて、特にアメリカで流行したとある俗説(現在では否定されている)を紹介しましょう。「マザー・グースはあるアメリカ人女性のことだ」というものです。

彼女の名前はエリザベス・グース、1665年ボストン生まれの未亡人です。彼女はどうも、愛娘と出版屋を営む婿さんの子供、つまり彼女の孫息子を溺愛していたらしく、たくさんの童謡を作って聞かせていたのだといいます。それを見た婿さんが、義母の素晴らしい唄の数々を他の子供たちにも聞かせてやろうと、彼女の名を冠した童謡集『子供たちのためのマザー・グースのメロディー』を1719年に刊行したのだそうです。つまり、「マザー・グースとは義母グースのことなのだ」というのがこの俗説のあらましです。

一世を風靡したこの俗説は、後の調査によって事実無根だと判明しています。イソップ寓話の作者アイソーポスを彷彿とさせる話ですが、ここに登場する婿さんの孫にあたる人物の創作(童謡集を出版したということ以外は事実)なのだとか。ちょっとだけ残念です。

それでは、「事実」はどうだったのでしょうか。

18世紀半ば、イギリスではとある童話集が人気を博していました。ロバート・サンバーによって1729年に英訳された、17世紀フランスの詩人シャルル・ペローの『昔の物語り』です。ペローは「シンデレラ」の原作として知られる童話『サンドリヨン』の作者として有名ですねサンバーはこれを英訳するに当たり、扉絵に描かれた「マ・メール・ルワー(ガチョウおばさん)」という語を、英語版の副題「マザー・グース」として採用しました。

児童文学の出版屋として知られていたジョン・ニューベリーは、サンバーの訳本が版を重ね、「マザー・グース」という言葉が人々に馴染みあるものとなったことを見逃しませんでした。自らが編纂した童謡集に「マザー・グース」の名を借り受けたのです。そんな彼の一流の商人としての先見によって、「マザー・グース」はイギリス伝承童謡集の代名詞としての道を歩み始めることになりました。

神秘的な童謡集に与えられた「マザー・グース」という名前。その経緯に俗臭を感じさせる物語が潜んでいるというのには、何か皮肉めいたものを認めざるを得ないですね。

日本における「マザー・グース」の受容

ところで、「マザー・グース」にほとんど馴染みのない私たち日本人ですが、日本における「マザー・グース」の歴史は殊の外古かったりします。最古の邦訳では1881年に「きらきら星」が確認されていますが、注目すべき訳業としては、大正時代の詩人北原白秋の「まざあ・ぐうす」が挙げられるでしょう。

1920年、童話を扱った児童雑誌『赤い鳥』にて、白秋は『緑のお家』と題した訳詩で『胡桃』と『柱時計』の2篇を紹介しました。これが1月号のことで、続けて2月号、3月号と「マザー・グース」の翻訳を発表していった彼は、翌年末までになんと132篇もの童謡を邦訳します。そして、ついに日本初のイギリス伝承童謡集『まざあ・ぐうす』を出版するに至るのでした。

しかし、白秋の類稀な訳詩に対する反響はほとんどありませんでした。次いで1929年、英文学者であり詩人の竹友藻風(そうふう)が著書『英国童謡集』にて、87篇の対訳を発表するのですが、これまた大衆にも英文学者たちにも冷遇されてしまいます。なんてこった。

そんな日本の「マザー・グース」史に光明が差したのは、それから約半世紀も後のことでした。立役者は、国語の教科書でお馴染み『二十億光年の孤独』の作者、詩人谷川俊太郎です。

彼はまず、アメリカの児童文学作家リチャード・スカーリーの絵本『スカーリーおじさんのマザー・グース』の邦訳に当たって、50篇の口語訳を行いました。そして、1976年には『マザー・グースのうた』を刊行、そこに収められた訳詩はなんと177篇にも及びました。

どうも谷川俊太郎訳の「マザー・グース」は大衆の御眼鏡に適ったようで、当時の新聞でも「大変な人気」と紹介されたといいます。ですが、その熱狂も果敢ないものだったのでしょう。相も変わらず童謡を軽視する現代の日本社会によれば、「マザー・グース」が単なるナンセンス詩集の一つという境遇を脱するのには、まだ当分時間が掛かりそうです。

最後に

最後までご覧いただきありがとうございます。以上、イギリスの伝承童謡、通称「マザー・グース」についてのお話でした。

ちなみに、今回は長々と伝承童謡集についてご紹介させていただきましたが、童話集と言えば?皆さんは何を思い浮かべるでしょう。やはり「グリム童話」や「アンデルセン童話」でしょうか。グリム兄弟もアンデルセンも19世紀、今回の登場人物ではハリウェルと凡そ同時代の人物です。

そんなグリム兄弟やシャルル・ペローの童話の原型を数多く収めた作品があります。西洋における民話集の先駆けとしても知られる、イタリアはナポリの詩人ジャンバティスタ・バジーレの『ペンタメローネ』です。これは1635年前後に刊行されたと見られています。この記事で紹介した作品の中では最も古いものとなりますね。

このように、童謡や童話の世界は互いに影響し合う作品たちによって、非常に入り組んだものとなっています。それらはそうして、優れた作家たちの手により時代と共にその調子を変えながら、物語を変えながら人々に寄り添い、その命脈を保ってきたのです。だからこそ、そのシニカルなユーモアに秘められた温もりに、人々は魅了され続けるのかも知れません。

皆さんも機会があれば、是非「マザー・グース」の世界に耳を傾けてみてください。

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